2012年1月25日水曜日

トイレの話 §7

上杉謙信  トイレで“フン死”

 越後の名将、上杉謙信は武田信玄のライバルとして知られるが、

トイレで最後を遂げた悲運の武将でもある。

身長150センチほどの小男であるが、戦では常に先陣をきり、天才的な戦術で多くの敵を

悩ませた。

勢力拡大のために戦ったといわれる武田信玄に対し謙信はその野望を阻止するために

戦った義の人といわれる。

その正義漢ぶりには定評があり、ライバルであった武田信玄でさえ、死の間際に

「謙信は義の人ゆえ、彼に頼めばこれより安心なことはない、自分の死んだ後は

謙信を頼るべし」と言わしめたそうである。

 36歳の時に悪性の病にかかり、左足が不自由となり、そのストレスから酒量が増え

41歳のときには手が震え署名ができなくなるほどのアルコール中毒となる。

おまけに、酒の肴は梅干しを好んだというから、高血圧症でもあった。

1578年3月、上杉謙信は織田信長に対抗すべく大群を春日山城に集結させた。

信長が最も恐れた事態である。

しかし、天下取りが目前に迫った3月9日、トイレの中で倒れ4日後の14日、

その生涯を終える。

死因は脳溢血。

 歴史にタラ、レバは禁句であるが、

若し、寒中3月、暖房完備の快適な腰掛け便器で用を足していたら

歴史は変わっていたかも知れない。

越後の虎、トイレで果てる。享年49歳。

2011年5月5日木曜日

トイレの話 §16

トイレを借りると“不義密通”?

 人間何が原因で命を落とすかわからない。

佐賀鍋島藩のある侍が城下を歩いていると、急に腹痛にみまわれた。

近くの家に駆け込み「ゴメン、ちょっとトイレを貸してくんない」と侍言葉で言った。

多分「恐縮に存ずるが、拙者不意の腹痛ゆえ、厠を借用したい」てな調子。

「いいわよ、汚くしてるけど、どうぞ」

と、まァここまでは、なんでもない話なのだが、そのあとがまずかった。

家にいた若い女の傍らに袴を脱ぎ捨て、奥のトイレに一目散。

女のそばに脱ぎ捨てられた袴、下半身をモゾモゾやっている侍。

間の悪い時はしょうがないもので、そこへ亭主が帰ってきた。

この情景をみて、「天下の御政道について話し合っているな」

などと考えるノーテンキなヤツはいない。

亭主は女房と侍を、おおそれながら、と訴えた。

訴えを受けた藩当局は二人を取り調べ、下した判決は、

「女の前で無遠慮に袴を脱いだ侍、それを許した女、共に不義密通同然の振る舞いである」

トイレを借りた侍は切腹、トイレを貸した女も哀れ死罪となってしまった。

 かの鍋島藩士、山本常朝“武士道とは死ぬこととみつけたり”の

名著『葉隠』にある実話である。

2011年4月27日水曜日

トイレの話 §14

究極のトイレ

 中近東の砂漠は気温40~50度、湿度10パーセントという日が何日も続く。

日本では湿度が20パーセントになると以異常乾燥注意報となる。

そんな高温と低湿度だから、水分はたちまち蒸発する。

砂漠に小便をしてもすぐに蒸発、大便もたちまち乾燥して、ひからび、臭いもしない。

天然の、それも一切費用のかからない超エコの処理施設である。

おまけに砂漠には“糞ころがし”がいる。

体調3センチほどの昆虫で、人間のウンコが大好物ときている。

ウンコの臭いを察知すると、すぐにやってきて“御馳走”をピンポン玉ほどの大きさにして

転がして運び去る。

数十メートル運んだところで、穴を掘り、中にもぐってお食事タイムとなる。

おかげで、ウンコは地上から完全にその姿を消してしまうのだ。

つまり、砂漠にはトイレが必要ないのである。

高温と超乾燥と糞ころがしの三点セットが自然の浄化槽となっている。

しかし、ひとつ疑問が残る。

何千年、いや何万年後には砂漠は、

糞ころがしの糞だらけになってしまうのだろうか?

2011年4月20日水曜日

トイレの話 §12

黄金のメダル

 一度、競技が始まると、数時間、休憩時間はおろかトイレに行く時間など

とれないのがマラソンである。

 アメリカのフランク・ショーターという名前を憶えている人はいるだろうか。

昭和48年の琵琶湖毎日マラソンの優勝者であるが、ただの優勝ではない。

文字通り黄金のメダルに相応しい優勝である。

大津市の競技場を55人の選手がスタートし、

ショーター選手はたちまちトップに躍り出た。

2位以下をひきはなし、独走態勢である。

ところが10キロを過ぎたあたりで急にスピードが落ち始めた、

なにやら苦しそうである。

ついに16キロを過ぎたあたりで、突然、沿道の観客が振る小旗を奪い取ると、

田んぼの中に一目散、そしてしゃがみこんでしまったのである。

ナント、排泄行為をはじめてしまったのだ、それも、大きいほうを。

小旗でお尻を拭くと、再びコースに。

この間約1分。

このウンチタイムの間に、2位のビタリ選手、3位の佐々木選手が抜いていったが、

このあとがすごい!!

ショーター選手はぐんぐん追い上げ、19キロ地点で再びトップにたつと、

そのままゴールイン。

文字通り、黄金のメダルに相応しい“大”優勝~。

2011年4月16日土曜日

トイレの話§11

 幕末の志士、桂小五郎、のちの木戸孝允。

神道無念流、斎藤弥九郎門下の剣客だが、一度も刀を抜くことなく維新を迎える。

ことある時は、ひたすら身をかくした。

「逃げの小五郎」たる所以である。

その小五郎も、京都守護職会津藩士の警戒網に引っ掛かり、進退窮まったことがある。

十数名の会津藩士に囲まれ、藩邸に連行されることになった。

万事休す。

鴨川の河原に近付いたとき、小五郎に一計がひらめいた。

なんと、ウンコがしたい!と言い出したのだ。

ウンコなら藩邸に着いたら、たっぷりとさせてやる、と会津藩士。

「いや、ガマンできぬゆえお願いしておる」と腹を押さえて、しゃがみこむ。

これには会津藩士も困りはて、しぶしぶ、

「仕方がない、ヤレ」

小五郎は河原の崖っぱなで、悠々と着物をまくり、排便におよんだ。

会津藩士は武士の情けで顔をそむけて、用を足すのを待った。

ところが、これがいけなかった。

その刹那、小五郎は、いまだ、と逃げ出した。

「しまった」と追う会津藩士は刀槍を手にして、具足を身につけているから

足が遅い。小五郎はといえば、尻をむき出しの、これ以上ない“軽装備”

まんまと逃げおおせた。

この“垂れ逃げ”のおかげで小五郎は明治まで生き延び、木戸孝允となり

歴史に名を残す。

ウンの良い男ではある。

2011年4月12日火曜日

トイレの話 §10

 1825年(文政8年)我が国では“外国船打ち払い令”が出された年である。

この年、イギリスではジョージ・スティーブンソンにより交通機関の革命的な発明である

蒸気機関車「ロコモーション号」が登場する。

当時、機関車は

「時速15キロ以上では乗客は窒息死する」

「機関車の吐き出す煙で家畜が全滅する」

「奇形児がうまれる」などと、まことしやかに言われたそうである。

それから47年後の1872年(明治5年)日本ではじめて、新橋―横浜間に

蒸気機関車が走った。

当時、早い乗り物といえば馬が最高であったので、人々は汽車の猛烈な早さに

目をみはった。

なかには、馬で競争を挑んだり、人力車であとを追う者もあらわれたそうである。

 しかし、新橋―横浜間を50分で走ったこの文明最先端の汽車も

トイレは設置されていなかった。

いままで経験したことのない速さに乗客達は興奮で尿意を催すのか

駅に着くと、先を争ってトイレに駆け込んだという。

だが、駅に着くまでガマンできない人もいた。この御仁、たまらず汽車の窓から

用を足してしまった。

これを鉄道員に発見され、裁判にかけられてしまった。

課せられた罰金は、10円、今でいうと約150、000円。

この出来事があとを絶たず、日本で始めて列車にトイレがつけられたのは

1880年(明治13年)、北海道の札幌ー手宮間。

因みに本州の大動脈、東海道線につけられたのは、1889年(明治22年)である。

2011年4月11日月曜日

トイレの話 §9

江戸の大家の錬金術

 落語のクマさん、八っつぁんに登場する江戸時代の長屋の大家さんは、

我々がイメージする現代の大家さんとは少し違っていた。

長屋を所有しているのではなく、所有者に雇われている、いわば管理人である。

正式な呼び名は「家主“やぬし”」関西では「家守“やもり”」

管理人として雇われているので、長屋の所有者からは給料が支払われる。

支給額は当時の腕の良い大工と同じくらいで二十両ほどである。

しかしこれには長屋の維持管理費も含まれているので実質的な手取りは

もっと少なくなる。

ところが大家さんは大工よりも豊かな生活をおくることができた。

なぜなら、“あるもの”を金に替え副収入としていたのである。

それは、長屋の店子の糞尿を肥料として農民に売るビジネスである。

これが全て大家さんの懐に入るのだ。

この“糞尿代”が一説によると年間三十両から四十両というから、

給料の倍にもなる。

当時、武家屋敷の糞尿のほうが「中身が濃い」という理由で値段が高かった。

長屋の連中は、食べ物が悪いので“製品が粗悪”というのだろう。

こうなると大家さんも営業に力が入る。

「そんなことはない、ウチの連中は皆、店賃を一年もためているんだ、

それで旨いものを食ってるんで中身は濃いんだ」と値段の交渉をする。

店子が一所懸命働いて、食べ、その排泄物を大家さんが集め、売る。

他人のウンコで財テク。

ブローカーの先駆け、といったところか。